大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(ネ)67号 判決 1957年12月23日

控訴人 秋北バス株式会社 代表者 宮腰啓七

訴訟代理人 中村嘉七 外一名

被控訴人 福岡善治郎

訴訟代理人 内藤庸夫 外一名

主文

原判決を取消す。

本件を秋田地方裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人は最初「原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人等の本件仮処分申請を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の連帯負担とする。」との判決を求めたが、当審第二回口頭弁論期日において「原判決を取消す。本件を秋田地方裁判所大館支部に差戻す。右が理由ないときは原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人等の本件仮処分申請を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の連帯負担とする。」との判決を求めると述べ、被控訴代理人等は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠関係は控訴代理人において

原審第二回口頭弁論調書を見るに冒頭の担当裁判官として「判事木村精一」と表示してあるのに同調書末尾には同裁判官の署名捺印はなく裁判官藤巻昇の署名捺印があるだけである。もし裁判官木村精一が本件を担当審理したものとすれば同裁判官の署名捺印がない右口頭弁論調書は無効であり、またもし裁判官藤巻昇がこれを担当審理したものとすれば右調書の冒頭にある判事木村精一の記載は事実に反し、かかる裁判所の構成につき誤記の存する同調書は無効であると云わなければならない。以上いずれの点から見ても右調書は無効であるからこの調書に記載されている当事者双方代理人の準備書面に基く陳述、証拠調等はすべて適法に行われたかどうか、これを証明する資料は存しないことに帰着する。されば前記第二回口頭弁論期日における手続が適法に行われたことを前提としてなされた原判決は取消を免れず本件は原審たる秋田地方裁判所大館支部に差戻さるべきものである。被控訴代理人の口頭弁論調書に存する瑕疵は責問権の放棄により治癒されたとの主張は責問権放棄に関する民事訴訟法第一四一条特に同条但書を無視するものであつて理由がない。更に原審第二回口頭弁論調書は無効でないとの被控訴代理人の主張は同法第一四七条の規定を誤解するか無視するものであつて理由がないと述べ、

被控訴代理人において

原審第二回口頭弁論調書に控訴代理人主張の如き瑕疵の存することは争がない。しかしその瑕疵は責問権の放棄により治癒されたものである。即ち同口頭弁論期日に立会つた裁判官が藤巻昇であることは双方代理人の知るところであり同調書に裁判官木村精一の名が記載されているのは誤記であることは明白である。而して原審において被告代理人は此の点に関し異議を述べず、更に控訴代理人においても控訴提起に際し何等此の点について異議を述べず、当審第一、二回口頭弁論期日においても従前の口頭弁論の結果を陳述している。即ちこれによつて原審口頭弁論の瑕疵は治癒されたものである。従て控訴人の控訴趣旨訂正申立は訴訟手続の完結を遅延せしめる為のものとしか考えられず訴訟経済の見地より本申立は却下さるべきである。次に原審第二回口頭弁論調書は無効とすべきではない。民事訴訟法第一四七条の規定は口頭弁論調書が瑕疵なく真正に成立した場合に限りその証明力を他の証拠に優先させる趣旨であり明白な誤記の存する場合においても無差別に適用する趣旨ではなく、明白な誤謬又は滅失の場合においては他の証明を容認するものである。口頭弁論調書の明白な書損、誤記の是正を許さないとするのは到底首肯しえない旨陳述し

た外は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

本件仮処分命令は原審において口頭弁論を経た上で言渡されたものであるところ、原審第二回口頭弁論調書によれば公判廷に立会つた裁判官は木村精一となつており同期日において双方代理人より昭和三二年五月二七日附の各準備書面に基く陳述並びにその答弁がなされ疏甲第六号証、疏乙第一号証の一乃至三、同第三、四号証の取調がなされている。然るに同調書には右裁判官木村精一の署名捺印はなく裁判官藤巻昇の署名捺印の存することは同調書自体より明瞭である。然るところ控訴人は右の如き調書は無効であると主張するので按ずるに、口頭弁論に立会裁判官として記載されている裁判官とは別人であるところの口頭弁論に立会つていない裁判官の署名捺印のあるような口頭弁論調書は重大な瑕疵のあるものであつて、到底有効な口頭弁論調書とは認めることができない。従つて控訴人主張の如く右口頭弁論期日においては原審第二回口頭弁論調書記載の如き当事者双方の事実上の主張答弁並びに立証等がなされたか否かはその証明がないことに帰着する。然るに原審においては右期日に当事者双方により各準備書面の陳述並びに答弁がなされ且つ前述の如き立証等がなされたものとしこれらの資料に基いて判断を与えていることは原判決を通覧すれば明瞭である。これに対し被控訴人等は前記調書に立会裁判官を木村精一と記したのは藤巻昇の誤記であることが明白である。而してかかる明白な誤記の存するときは口頭弁論調書以外の他の証明を容認すべく然るにおいては前記期日は裁判官藤巻昇が立会の下に訴訟手続がなされたことを認めうる旨主張するけれども、叙上の如き事項は調書によりてのみ証すべき事項であるのみでなく所論のような事実は之を認むべき資料がないから結局独自の見解として採るを得ない。次に被控訴人等は右口頭弁論期日に存する瑕疵は原審における被告代理人において異議を述べず当審において控訴代理人等が従前の口頭弁論の結果を援用し何等異議を挟まなかつた行為により即ち責問権の放棄により治癒された旨主張するけれども、口頭弁論調書が無効か否かは訴訟手続上重要な事柄であり口頭弁論調書の有すべき公的権威の上から云つても当事者の責問権放棄の有無によつてその効力に消長を来さしめるが如きことは妥当ではない。被控訴人等の此の点に関する主張は到底これを容認しえない。

以上説示の如く原判決は取消を免れないところ原審第二回口頭弁論調書に記載されている当事者双方の主張並びに立証等は本件訴訟資料の重要な部分を占めるものでこれが有無は判決に重大な影響を与えることが明白であるので此の点につき原審をして更に適法に審理を遂げしめることが必要である。尤も被控訴人においては本件を原審に差戻すことを求める控訴人の請求趣旨の訂正は許さるべきでないと主張するけれども、もともと控訴人等においては被控訴人等の請求を棄却すべきことを控訴状において求めているのであるからこれを前述の如く原審に差戻すことに変更しても該変更は当初の控訴の趣旨以上に出るものではない。(なお請求の基礎に何等消長がないことは云うまでもない。)したがつてこれが変更は許容さるべきものと解するのが相当である。なお控訴の趣旨の変更を許すべきか否は訴訟経済の見地からのみ判断決定さるべき事柄ではないので此の点に関する被控訴人等の主張も亦採用できない。

よつて民事訴訟法第三八七条により原判決を取消し同法第三八九条に則り本件を原審に差戻すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 松本晃平 裁判官 小友末知)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例